2012年6月29日

流行とは何か

もし、数百年、数千年後に長い年月の中から今の時代を振り返った時
人は今の時代がどんな時代であると振り返るのだろう
今後の経済のためというより1生物として人はどうあるべきなのだろうか。
ふとそんな疑問がわいたところから考えはじめ
しばらくいろんな考えを巡らせた結果
なぜ流行という現象が人の世界にあるのかが垣間見えた気がしました。

現代は社会の安定によって
生きるために生活するのではなく、楽しむために生きれるようになった
(幸い日本にいるとそういう側面が強い気がする)
無限に広がる選択肢の中から選択する自由が生まれた。

生きるために本当に重要な情報は限られている反面
情報化社会は進み 不要な判断を多数迫られることとなった。
(PCや広告、携帯電話など、常にメッセージは自分に届き、誰とでもいつでも繋がる社会になった)

単純に物理的な発展には限りが見えてきた。(昔ほどプロダクトに夢をもつことのできない社会、冷蔵庫や洗濯機、ラジオや電話の登場ほど革新的な発明はもうほぼない)

人の想像で考えられることは具体的なイメージとして発表され
実現、不可能がある程度明確になり驚きが少なくなってきた。
(空も飛べる、宇宙にも行ける、大爆発もつくれる。3Dのテレビもある
でもにおいの出るテレビや、円盤型のUFOはきっと作り出せない。 )


結果、潜在的に人の薦めるものを信じることが生きていくのに楽な手段なのである。



つまり
正しいルートで情報を取捨選択し、信頼できるものを選ぶという
あるものの中から選ぶことがモチベーションになると
新たなプロダクトを欲する生活者は減る。
その生活者は、自分に衝撃を与える概念を、欲しているだけ。

社会としては
「ないものを創造する社会ではなく、あるものの中から選ぶ社会」
に変貌していっているのではないでしょうか。

あるものの中から選ぶ、という楽さは
自分が影響を受けたい、影響力を持つカリスマを生み出し
その人の影響力が流行のスタートとなる。
企業に置き換えて考えると
良い商品を、信頼できる精度で安定して作り出すというブランドを持つ企業より
常に安定して流行を作り出しているというブランドがだす商品だったり企業が
今の社会にとって必要とされているのかもしれません。
アディダスやアップルはまさにそうした中でブランド価値を手に入れたのではないでしょうか。

ファン化というキーワードがずっと台頭してきて
ファンを作ることのみを優先して
そのための施策を考えるというのが一般的なやり方でした。

大きな間違いとしてすぐにKPIを会員数などに定めてしまっていたこともあるかもしれません。
短期的視点すぎるからです。

どうムーブメントをつくるか。どう革新を生活者にイメージさせるか。
ファン化スタートで思考を始めるのではなく
時代をつくる、人に夢を与える、大衆に影響を持っている企業であるというイメージが
人に伝わる。
⇒結果どんな商品であっても欲する人ができ、結果ファン化する。

そういった総論なくして
ファン化のみをいくらつきつめて考えても
何一つ時代を跳躍する企業にはなれない。

そう思った今日この頃です。

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