2012年5月11日

実は考えていないということ

今日ちょっとしたテーマがあって
自分はすぐに何かしらの答えが出るような
気がしてたのだけれども、何かがいつもよりとてもひっかかる。

もっと正しい答えがある
といういつもの葛藤とは少し違う気がするような、同じなような。

とにかく、「なんだろう」と、ふと戸惑ってしまう・・。

考え方というのは自分で小さな頃から積み上げてきた自分ルールの集大成
雑学や常識、専門知識や経験が作用しているのだと思う。
いつもならすぐに、まぁいいやと思えて
とりあえずでも“自分ルール”から何かの答えを出すのに
今日は戸惑った。




そこでテキストにしてみることにした。
するとこんな感覚かなと思った。

「人は、何かを、自分で、考えているつもりになっているが実際にはそこまで考えられていない。」

このセリフもなんか聞き覚えのあるようなセリフ



でもなんだか、今日は本当の意味でそれを感じた。

でももう少し、今日は複雑にしてみようと思う。


多分、自分の考え方を箇条書きにすればすぐにわかる
自分が何を考えられているのか。
けれども箇条書きにしない自分がいることがある。
考えを紙に落とした瞬間に陳腐になってしまうことがわかっているから
怖いから。

「イメージはあるのに、なぜ形にならないのだろう?」

これは夢から覚めてすぐに、夢の記憶を紙に落とすのと似ている
いろんな情報が頭の中にあったはずなのに
言葉にならない。感覚程度の領域の記憶は瞬時に忘れてしまっている。
他人の資料を読むと納得できるが
自分ではその資料を書けない(その形にまとまらない)
情報(点)がセパレートになっていて線になっていない。
知識があっても資料を読んだ瞬間に線になっていることに気が付かない。
小説を読んで、「あぁ、こう感じたことある。」
と思うことは大概自分で言葉にできなかった感覚の1つだったりする。

考えまで至っていない。

普段から当たり前のことを言葉にするという行為が
自分自身を初めて納得させて
次の行動にうつすきっかけをつくる。

自分の考えを、他人の考えを
良いと思ったことははっきりアーカイブしていくことって
とても大事。


いざというときに使えるように。

言葉にすればいいってもんじゃないけど、行動すればいいってもんでもない。
考えて、理解して、感じて、そこで新しいものを創造する

嗚呼。

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