2014年4月22日

10年

20代前半の頃私はずっと迷っていた。
何ができるのか、何がむいているのか、何をしたいのかさえもわからなかった。
なりたいものがない。
でも何かになって仕事をしていかなければならない。
それなのに自分にはこれといった特徴もない。
大学名も成績もバリューはない。

その迷いからすら逃げていたのだと思う。

惰性をえらんだ



大学の友達とはとにかく飲み歩いたし
その頃クラブ(音楽の方)にはまっていた自分には
一緒にクラブにいく友達も多く
自分の時間をそちらに費やした。

でも、どんなに遊んでみたところで
何の解決にもならないことはわかっていたし
暗い気持ちで毎日を過ごした。

その頃10年後(今)の自分がどうなっているかなんて想像もつかなかった。

友達は苦しみながら一生懸命働いているのに
自分は何もしていなかった。
そのくせして友達よりも余裕なふりをしていた。(謎)

とにかく、毎日何に向かえばいいのかわからず
不安で、ネガティブになり、悲観し、お金もなかった。

ある日、目前に就職という難題が具体的に降りかかってきた。
卒業間近で、4月はもう2週間に迫っていた。
そんなギリギリな中就職できるところを探した。

大学の学部から考えて、SEやプログラマー
ネット関連の会社を立地から選んで
どこでもいいいから面接をした。

そんななか比較的すぐに
あるベンチャーのIT/WEBコンサル&プロダクションのコンサルティング事業部に就職が決まった。
正直そんなに努力をしたわけでもなく
その業界で一生食べていこうなんていう意識も特になかった。
ただの瞬発力と運で就職したに過ぎなかった。

最初の会社はただただつらかった。
社員同士も仲良くなく
ただ遅く帰ることだけが習慣化されていた。
宿題は土日をつぶし
平日は徹夜の日々で残業代も出ず
月の平均残業時間が160時間を毎月超えていた。
鬱になりやめる人が全員で15人程度の会社で3人も出ていたが
むしろ少ない方だと思えるような環境だった。
その上、社長のワンマンも度が過ぎていき様々な悪い制度が生まれた。

気持ちも沈んでいった。
ただ、心のどこかで弱音を吐かずにやろうと決めたことを思い返して、目前のことに集中した。

バイトで生計を立てている友達の方がよっぽど給料も高く
同じレベルで遊ぶことはできなかった。本当にギリギリだった。

途中でパチンコ屋でバイトをしたときもあった

とことん遊びの誘いを断り
また、自分にはもうそういった遊びに興味がない
というふりをした。
いつか抜けられることを信じて
自分はこの仕事が好きなのだという自己暗示をかけ続けた。
それから6~7年はこの底辺レベルを彷徨った。
そのうち誘われなくなってきた。

金もなく酒を通じたつきあいができないので
一緒に遊ぶのは、仕事に情熱をもっている人が中心で
同年代の仕事を頑張っている人と
新しいビジネスの話しとにかくたくさんした。

ネットで共有されるSNSの楽しそうに遊んでいる友達たちを見ては
羨ましいという気持ちをぐっと自分の中に押し殺した。

服やインテリアにかける余裕もなく、彼女と結婚の話しがでてもはぐらかすしかなかった。

とはいえ寝る間も惜しんで仕事をしたことは
悪いことばかりではなかった。

金もないから、遊びを削って仕事に費やした。
自炊することで料理の腕も上がった。
短時間で異常にスキルアップできた。
仕事の知識もかなり身についた。

そうして就職して早10年が経った。
給料は当時と比較して3倍ほどになった。

今はまた遊べるようになった。
結婚に踏み切れるような自信もついた。
ある程度、高価なものでなければ欲しいものを購入することもできるようになった。

遊びを退けていた期間にもずっと遊び続けてバイトで生計を立てていた友達は
遊びに興味ないんじゃなかったっけ?と笑ってくる
10年の苦労の気も知らず
お金もらえていいね。みたいに何もしないでもらってるかのような言われ方をすることもある。
(しかし正直、本当に最近まで思っていたのは、永遠に自分の置かれている状況は好転しないのではないかと思って、何度もやめようと本気で思ってもいた)

ただ、今は何を言われても我慢できる。
どういった形にせよ10年頑張ったこと自体が自分の財産になったから。

だから夢も希望もやりたいこともない大学生の気持ちがわかる気がする。
 が、それでも
信じて進んだ先には少なからず可能性があるのだと

なんとなく伝えたい気持ちになってこのようなブログを書いたのです。

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